このグラフは、交通安全白書の「道路交通事故による交通事故発生件数、死傷者数および死者数の推移」のグラフに、犯罪白書からの起訴率、国交省の「今後の自動車損害賠償保障制度のあり方に係る懇談会」報告書参考資料集6ページの重度後遺症者数(1〜3級)を重ね合わせたものです。
昭和61年以降、急激に起訴率が低下し、それに反比例して交通事犯が急増していることが分かります。死者数は減少していますが、それは医療の進歩とシートベルトの着用率向上・エアーバッグの標準装備などによるものと思われ、重度後遺症者数が増えていることを忘れてはいけません。
ミスター検察と呼ばれた伊藤栄樹氏が東京高等検察庁検事長に就任したのが昭和58年12月。そして、昭和60年12月に検事総長に就任しています。
当時、検察庁にいた矢部善朗元検事のブログ(リンク切れのため Internet Archive のキャッシュにリンクします)によると、この間に「副検事は、区検察庁の検察官の職のみにこれを補するものとする。」という検察庁法16条2項に厳格にしたがった伊藤栄樹氏により、「副検事は地検の事件を担当するするべきではない。」とされ、「副検事は区検扱いのほんとに簡単な事件しか扱えなくなり、地裁に起訴すべき事件は、事件の難易を問わず検事が担当しなければならなくなったのです。」とあります。そして、副検事の士気の低下が生じ、検事の仕事が増えたと続きます。
まさにこの直後に、東京高検管内で3週間以下の業務上過失致傷事件を不起訴とする方針を決定し、全国の検察庁がこれに続きました。そして、副検事は山積みされた交通事犯の捜査ばかりを担当することになり、士気はさらに低下。それにともなって、現場の警察官の交通事犯に対する士気も低下していったと思われます。
この交通事犯の緩刑化は平成5年の犯罪白書において「交通関係業過事件についての検察庁の処理の在り方等の見直し」として交通事犯の非犯罪化として定着することになります。
現在も、起訴率は下がり続けており、交通事犯が軽く扱われていることが多くの生命の犠牲につながっていることは間違いありません。
私の息子の事故においても、当時の神戸地検尼崎支部の寒川という副検事が、10ヶ月以上の間、まったく捜査を進めず、被疑者の海外留学を黙認しました。大阪高検に副検事交代を上申して、本庁の正検事への捜査交代時も、なぜか科捜研の撮影した被害者バイクの写真が引き継がれていないなど、その捜査に多くの疑問を抱いています。
私の周辺の遺族の方々も多くが副検事の被害を受けています。2005年9月27日に、法務省の副検事講習で遺族として初めてお話をしましたが、そのときに挙げた例を以下に列挙しておきます。
現在は、犯罪被害者等基本法も制定され、検察の対応は随分改善されてきましたが、まだ被害は聞こえてきます。問題のある副検事の交代はすぐに認められるようになってきましたが、涙を流すばかりで声を上げることのできない遺族には副検事を交代させることなど思いもつかず、検察官を信じて待っていたら不起訴の通知が来て終わりということが、どれほどあるのでしょうか。(副検事関係 資料1「副検事について」 資料2「副検事の選考方法」 資料3「年度別副検事任官者・現在員数調」 資料4「年度別副検事退職者数調」 資料5「副検事の職務内容等」 資料6「副検事の研修等」 資料7「平成5年以降に退職した副検事の分布状況」)
平成14年3月に発生した原付バイクと軽トラックの死亡事故(奈良)
警察での捜査で「一旦停止しなかった」と加害者が供述しているにもかかわらず、副検事が事故から9ヵ月後に現場検証をやり直して「一旦停止した」との供述調書を作成。
副検事の言葉:「被告人に対して自白は強要できない、だから目撃者や事実をあげないと死に損ですわ。」
平成14年11月に発生した歩行者と高所作業車の死亡事故(京都。これは正検事です)
検事の言葉:「100%実刑にはなりません」「実刑にしなくてはいけないほどのひどいことをしたのか」、「被告人の立場に立って考えてみなさい」、「謝罪の言葉が真実でなくとも公の場で謝りの言葉を口にしたからもういい」、「そんなに許せませんか?」「ご主人にも落度がある」(横断歩道を渡っていないということですが、横断歩道は100m先です)
平成15年8月に発生した、自動二輪と二人乗り自転車の死亡事故(大阪)
副検事の言葉:「30歳も過ぎて、お母さんにずいぶん可愛がられて育ったナイーブなおぼっちゃん育ちの人なんですね。(遺族に対して)」「被害者にも過失がある。被疑者は不起訴にするから告訴状を取り下げるように。不満があるなら民事裁判で争えばいい。」
平成15年1月に発生した、バイクに乗用車が飲酒運転による運転操作ミス(アクセルとブレーキの踏み違いとされているが?)で追突し、被害者をバイクとともに引きずっていることを認識しながら加速してひき逃げした死亡事故(岸和田)
副検事の言葉:「例えば、スピード違反や信号無視だったら危険運転となるが、飲酒だけでは危険運転にならない」「今の法律には限界があります。納得の行かないことは民事でして下さい」
交通事犯の捜査の要は警察による初動捜査です。しかし、この20数年間に倍近くも増加した交通事犯に比べ、昭和53年に20万人だった警察官の数は、平成16年で24万人(警察白書)とほとんど増えていません。
前記の「交通事犯の非犯罪化」もあり、交通事犯に対する警察官の士気が低下していることも大きな問題です。いくら捜査をして送検しても、ほとんどが不起訴になるのでは無理もないと言わざるを得ないのでしょうか。
私の息子の事故も、殺人事件の可能性もあると思っていますが、ほぼ「殺人」ではないかと思われる交通事件も複数知っています。事故からかなりの時間が経過して、現場の痕跡も消滅した時点で遺族がおかしいと訴えても、すでに殺人事件として立証できるような証拠は消えうせており、口の利けない被害者に冤罪が被せられ、交通不起訴事案として検察が処理してしまうこともありうるのです。最初から、交通事故という前提で警察官が現場に臨場すれば、その事件はまず交通事故という先入観で捜査されます。一人か二人の担当警察官によって書類が作成され、複数の捜査官が相互に補完しあう捜査とはなりません。
交通担当の警察官の専門知識は乏しく、科捜研が捜査を担当することはほとんどなく、多くの交通事犯が加害者の供述に沿って処理され、被害者が死亡または重度の障害で口が利けない場合は「死人に口なし」の捜査がまかり通ってしまうのです。どれだけ多くの犠牲者が加害者の汚名を着せられ不起訴として闇に葬られているか、その数は想像を絶するものです。
交通事犯においては、冤罪は被害者にあるのです。
刑事訴訟法47条の定めにより、刑事公判の開廷までは捜査情報を知ることができません。そのことが、警察の初動捜査のずさんさを助長することにもつながっています。裁判の迅速化が進められ、被害者参加制度が実施されようとしている現在、公判開廷時点での情報開示では被害者側の準備期間が全くなく、制度を活かすことができません。警察の捜査の早い段階で捜査情報が開示されることが求められています。
交通事犯の場合、公道において発生する事案がほとんどであり、被疑者に対する冤罪などの可能性は極めて少ないと考えられますから、刑事訴訟法47条の「但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。」という部分を適用して、捜査の早い段階での情報開示を実現していただかなければなりません。
2008年5月30日の衆議院法務委員会において、民主党の細川律夫議員の質問に答えた鳩山法務大臣の答弁は、その意味において画期的なものです。高く評価すると共に、ぜひとも47条の運用改善を望むものです。(法務委員会議事録)