このグラフは、交通安全白書の運転免許保有者数・自動車保有台数、犯罪白書の一般刑法犯認知件数・交通関係業過認知件数・危険運転致死傷罪受理件数を平成10年を100として指数表示したものです。
運転免許保有者数・自動車保有台数に比例して交通事犯が増加するのは理解できますが、交通戦争と呼ばれた昭和40年頃と平成10年頃にそれらとは関係なく交通事犯が急増しています。
昭和40年頃からの増加は、昭和43年の業務上過失致死傷罪の法定刑上限の3年から5年への引き上げと、交通三悪を掲げて厳しく臨んだ警察・検察の成果で昭和50年頃までにかなり減少しました。
平成10年頃の急増が、昭和40年頃のパターンと違うのは、一般犯罪と同じカーブで上昇していることです。
これは、何を意味しているのでしょうか。平成10年前後の何が原因なのかは特定できませんが、バブルが崩壊して経済が悪化したことが、人のモラルの低下を招いたのでしょうか。あるいは、教育の荒廃が世の中の乱れとして現れてきたのでしょうか。いずれにしても、「モラルの低下」ということが原因のような気がしています。
平成13年に遺族の力により危険運転致死傷罪が制定され、道交法の厳罰化もあり、交通事犯の増加は横ばいとなり、平成19年の自動車運転過失致死傷罪新設と再度の道交法厳罰化により、ようやく減少傾向を見せています。しかし、危険運転致死傷罪の数値を見てみると、逆に増加の傾向にあるのです。このことから考えると、「モラルの低下」が原因であることは間違いないのではないかと思っています。自己中心的な人間が増え、他人を思い遣る優しい気持ちがなくなってきたのでしょう。周辺の事故の加害者を見ると妙に納得してしまいます。
危険運転致死傷罪に相当するような運転をする人間は、最近、気持ち悪いくらいに増えてきた「人を殺せば死刑になるから」と無差別に生命を奪う殺人鬼のように、厳罰化では歯止めが効かないのかもしれません。
「モラルの低下」が近年の交通事犯の増加の原因であるとすれば、即効性があるのはさらなる厳罰化、長期的には教育の改善でしょう。自動車運転過失致死傷罪の新設には私も故松本弁護士と共に関わってきましたが、その効果は確実にあったようです(次項で述べます)。もう一つ、10%にまで低下してしまった起訴率を上げることが必須です。人身事故の9割が不起訴、起訴の9割が略式命令の罰金のみ、公判請求の9割が執行猶予、実に実刑は1000人に1人という状態では「人を殺すまで車に乗りなさい」と勧めているようなもの。いやいや、それどころか何人殺しても運転免許はまた取得できるようになっているのですから、交通事犯がなくなるわけがありません。
「モラルの低下」に対処するには、起訴率を上げ、実刑率を上げ、重大事故を惹起した者には永久に免許を与えないということが必要です。
このグラフは、平成5 年から今年11月までの月別の24時間内死者数をまとめたものです。
死者数が最も少ないのは2月
まず、この15年間全体の傾向として、2月が最も犠牲の少ない月であるということに気付きます。二八(にっぱち)と言われるように、2月は景気が悪く車の移動距離が少ないと考えられます。8月も景気が悪いとされる月ですが、お盆の帰省などで車の移動距離が多くなるのでしょう。
厳罰化による抑止力
このグラフを見ていて、平成19 年の3〜6月だけが他の年と違うパターンであることに注目してください。3月は2月とほぼ同数、4〜6月は2月を下回っています。
この原因は何でしょうか? 平成19 年の2〜3月に交通事犯を抑止する何かがあった? そうです、TAV交通死被害者の会、北海道交通事故被害者の会、交通事故被害者遺族の声を届ける会が故松本弁護士を法制審議会委員に推薦し、自動車運転過失致死傷罪の新設が頻繁に報道されたのが、まさにこの時期なのです(成立は3月13日。施行は6月12日)。
ウェブ上に公開されている法制審議会の議事録を見ると、第3回会議(平成19年2月21日)で日弁連の委員が、「とりわけ過失犯について刑を上げるということが,犯罪被害者の方々の声を聞いていると,刑を上げることによって,再び犯罪が起こらないような形の抑止力が働くというようなことの御意見があったんですが,これは全く素人の考え方だろうと思うのですね。」と述べて法定刑上限の引き上げに反対しています。厳罰化の抑止力に関してが、論点の一つになっていたのですが、このグラフに表れている結果を見れば、その効果は明らかでしょう。素人の考え方とバカにしてはいけません。
他の厳罰化ではどうでしょうか。危険運転致死傷罪は平成13 年11月28日に国会で可決され、同年12月5日成立、同年12月25日に施行されました。飲酒運転を厳罰化した道交法改正は平成14 年6月1日、平成19 年9月19日にそれぞれ施行されています。しかし、この時期の前後を見ても、顕著な変化は確認できません。平成19年の飲酒運転による死亡事故件数が430件にまで激減していることからこれらの厳罰化の効果も明らかですが、全死者数に占める比率は1 割以下であることから、グラフ上での目に見える変化になっていないと思われます。
気になるのは、10〜11月と昨年のラインに近づき、12月には前年とほとんど同じ(-5人)犠牲者が出ています。平成20年の24時間内死者数は5155人。今年はこの数値をさらに減少させなければなりませんが、年末にかけての増加傾向が心配です。福岡の危険運転致死事件、埼玉川口の園児21人死傷事件、自動車運転過失致死傷罪新設とマスコミ報道が交通事犯の悲惨さを伝えていたのが、最近は低調になっています。今年2月17日に埼玉であった危険運転致死傷事件(2人死亡、7人重軽傷)は関西ではほとんど報道されませんでした。ドライバーが交通事故の悲惨さを忘れ、厳罰化の効果が薄れているとすれば、再び事故は増加に転じるでしょう。そのようなことがないように見守っていく必要があります。
さて、自動車運転過失致死傷罪の新設による厳罰化によって、54年ぶりの24時間内死者数5000人台が達成されたことは「交通死ゼロ」に向けて大きな前進と捉えてよいのでしょうが、この事実は「ドライバーが注意すれば事故は防ぐことができる」ということの証明でもあります。このような交通事犯を「過失=ちょっとした不注意」として軽く片付けていいものでしょうか? 一つ一つの交通事犯を綿密に捜査し、厳しく処罰していくことにより、「交通死ゼロ」はいつか実現すると信じています。