理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成14年10月28日午後8時30分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,兵庫県芦屋市上宮川町9番7号先の信号機により交通整理の行われている交差点を青色信号に従い東から北に向かい右折進行するに当たり,対向直進車両の有無及びその安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,対向直進車両の有無及びその安全確認不十分のまま,漫然時速約10キロメートルで右折進行した過失により,折から,同交差点に向け青色信号に従い対向直進してきた森本直樹(当時21歳)運転の普通自動二輪車前部に自車左前部を衝突させて同人を前記普通自動二輪車もろとも転倒させ,よって,同人に脳挫傷等の傷害を負わせ,同年11月21日午後2時29分ころ,兵庫県西宮市武庫川町1番1号所在の兵庫医科大学病院において,同人を前記傷害に基づく外傷性脳動脈瘤破裂,脳内・脳室内出血より死亡するに至らしめたものである。
(法令の適用)
罰条 刑法211条1項前段
刑種の選択 禁錮刑選択
宣告刑 禁錮2年
刑の執行猶予 刑法25条1項(5年間執行猶予)
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文(負担させる。)
(事案の概要,事故状況並びに量刑の理由)
1 事案の概要
本件は,被告人が,普通乗用自動車を運転して,交通整理の行われている交差点を青色信号に従って右折するに際し,判示のとおり,対向直進車両の有無及びその安全確認を怠ったため,青色信号に従って対向直進してきた被害者運転の普通自動二輪車に自車左前部を衝突させて,被害者に脳挫傷等の傷害を負わせ,その結果,その約24日後に同人を前記傷害に基づき死亡させた業務上過失致死の事案である。
2 事故状況等
被告人及び弁護人は本件公訴事実を争わないが,具体的な事故状況,被告への過失の程度については,これが量刑判断にも影響すると思料されるので,まず,事故状況等について検討を加える。
(1)本件事故の目撃者である○○○及び○○○○の各供述調書その他前掲関係各証拠によれば,被告人は,平成14年10月28日午後8時30分ころ,判示普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)を運転し青色信号に従い東から北に向かい右折するべく,十字路交差点である本件交差点内,実況見分調書(検察官請求証拠番号甲20)添付の交通事故現場見取図の@地点で右折を開始したこと,その際,被害者運転の普通自動二輪車(以下「被害車両」という。)がヘッドライトを点灯させて同ア地点(同@地点の西方約47.6メートルの対向車線の北側車線)付近を時速約60キロメートルで前記交差点に向け対向直進していたこと,同交差点の対向車線は3車線あるが,被害車両のほか,対向車線にはその南側右折車両用車線を含め対向車両はなかったこと,被告人車両は右折開始後停止することなく時速約10キロメートルの速度でゆっくりと進行し,被害車両のクラクションの音がして1秒後くらい,同@地点から約7メートル進行した同A地点で被害車両前部と被告人車両左前部とが同×地点で衝突したこと,西から東に向け直進していた被害車両に対し被告人車両の衝突角度は約60度であったこと,本件現場付近道路は片側3車線(幅員各約3メートル)の交通量の多い幹線道路(国道2号線)であり,衝突地点は東行き車線の第3車線(最も北側の車線)上に位置すること,以上の事実が認められる。
(2)被告人は前記目撃者の供述等により認められる事故状況をあえて争うつもりはない,記憶は曖昧であるとしながら,その記憶に残る事故状況は,次のとおりであると供述する。すなわち,被告人は被告人車両を運転し青色信号に従い東から北に向かい右折するべく本件交差点内,実況見分調書(検察官請求証拠番号甲28)添付の交通事故現場見取図の@地点で右折の合図を出し,同A地点でいったん停止した,その際,同C地点(対向車線の南側右折車両用車線)のほか本件交差点の対向車線のいずれの車線にも対向車両が停止していた,そこで,対向直進車両がないと判断し,右折を開始した,約4.9メートル右折進行した同B地点で,対向直進してきた被害車両のヘッドライトの灯りに気付くと同時に同車が吹鳴していたクラクションの音を聞き,危険を感じて急制動の措置を講じたが,約2.2メートル進行した同C地点で同車に自車前部が衝突し,同C地点から約0.9メートル進行した同D地点で被告人車両は停止した,というのである。
(3)しかしながら,被告人車両に追随して本件交差点を右折進行しようとしていた車両の運転者であり,被告人車両の後方約38.4メートルの地点で被告人車両が右折を開始したのを目撃した前記○○○の供述(甲19,32)の信用性は十分であるから,右折開始時において「本件交差点の対向車線のいずれの車線にも対向車両が停止していた。」旨の前記被告人の供述は,明らかに客観的事実に反した供述であって採用し難いものである。そうすると,右折開始時において,対向直進車両の有無及びその安全について確認した旨の被告人の供述の信憑性についても疑問が生じることとなり,被告人には,判示のとおり,少なくとも対向直進車両の有無及びその安全確認不十分のまま右折進行した過失が優に認められる。
3 量刑の理由
(1)被告人は,自動車運転者が交差点における右折時に果たすべき対向直進車両の有無及びその安全の確認という基本的な注意義務を怠り,対向直進車両の有無及びその安全確認不十分のまま右折進行したものであるところ,衝突直前に被害車両の前照灯が目に入り,あるいは被害者がクラクションを吹鳴するまで被害車両の存在に気付いていないことは被告人も自認するところであるから,その詳細は不明であるが,その過失の程度は少なくないこと,大学院への進学が決まり周囲からその前途を嘱望されていた被害者は,わずか21歳の若さで突然その生命を奪われるに至ったものであって,事故の結果は取り返しのつかない誠に重大なものであり,被害者自身の無念さはもとより,被害者の両親,妹,祖父母等被害者遺族の悲しみは深く,その憤りは峻烈であって,被告人の厳重処罰を求めていること,示談が成立していないこと,前記○○○等の本件事故目撃者の供述がなされた後も,記憶違いの可能性もあるとしながらも,被告人は,自己の記憶にある事故状況は前記2(2)のとおりであるとして,その供述を変更することがないところ,記憶違いの可能性を認めながら,目撃者の供述に基づく事故状況を前提とした反省の態度を明確に示すことがなく,そのことが被害者遺族の被害感情を悪化させたこと,業務上過失致死罪等の交通事犯に対する近時の我が国における国民の厳しい刑罰感情などを考え併せると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
なお,弁護人は,被告人において,対向車線上の交通に対する注意が十分でなかったため対向停止車両が並んでいると誤認したか,事故後の本件交差点の状況を事故前のそれと混同した可能性が高いのであり,被告人はそのことを認識している,そして,そのことを前提に,被告人は,客観的事実とは齟齬するとしても,自己の記憶に残っている事故状況を忠実に述べることが必要であると考えてその旨供述しているに過ぎないというが,被告人に自己の記憶が客観的事実と齟齬することの認識が必ずしも十分でないことは,当公判廷における供述の端々にあらわれており,極めて遺憾であるといわねばならない。
(2)他方,前認定のとおり,被告人の右折方法自体は時速約10キロメートル程度の速度で徐行しつつ右折しており,早回り右折,小回り右折等の不正常な右折をしたものとは認められないし,被告人に交通違反歴を含め前科前歴はないことのほか,その日常の運転態度に特段問題とすべきものがあったとは認められない。
(3)そして,被告人は事故直後現場で救急車が来るまで被害者の手を握って被害者を励まし,事故当日被害者を病院に見舞うなど,事故直後の被告人には不誠実,あるいは無責任な態度は認められないこと,その後の被害者遺族との応接の経緯には,被害者遺族の感情を害する結果を生じさせた経過も認められるものの,被告人が本件犯行の結果を深刻に受け止め,前記のように十分とはいえないとはいえ,反省していること,将来とも自動車の運転はしない旨述べていること,被告人車両には対人賠償無制限の任意保険が付されており,いずれ相当額の損害賠償がなされるであろうことなどの事情も認められる。
以上の諸事情を総合勘案し,被告人を主文の刑に処した上,その刑の執行を猶予することとするが,その刑責の重大さにかんがみ,その猶予期間は法律上許される最長期の5年とするのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
平成17年3月9日